色々やってきた
この記事はある意味、地続きというか
具体を知りたい人は
こっちから読んでもいいかもしれない
才能 ≠ 熱

※最初の頃の仕事
いわゆるイラストレーターだったりCGデザイナーだったり、みたいな形で仕事をしてきた期間があって。ビジュアルのキーになる制作依頼だと20万〜30万前後、企業の案件だと100万近いのもあったり、請け負う仕事は時給に直すと1万くらいの単価感で
正直楽しくなかったんだな、
これが
感覚としては「自分が持ってる職能やスキルを合理的に伸ばして出来ることを突き詰めていった」が一番近い。なんだろ、薄々思ってたのが、今でこそ原因は自覚してるんだけど、描いたり作ったりするのも手段に過ぎなくて「描きたい」「作りたい」の軸がないと必然的に合理が軸になる
合理って物事を最適化する思考フォーマットだけど無味無臭なのよ、価値観にすると心がタヒぬ
で、道中で事業を立ち上げたり、幅広く手を出したりしてて、途中で気づいたのがこの世の中、そもそもどうやって生きるかの座組を作る営み自体がクリエイティブじゃね?
おまえは「クリエイター」です?
おまえはクリエイターとして仕事してる?
稼げてる?あ、それとも学生とか趣味とか?
まぁ、どれでもいいんだけど
おまえのモチベって何?
単純に制作できること?
それで金をもらえてること?
それとも人から称賛されること?
俺の場合楽しいと思ってたのはやっていること自体の喜びより周りからどう見られてるかの方が強かった気がしてて。承認欲求だったかもしれない。「もったいない」って言われることが多かった人生で「イラストレーターです」「2D3Dデザイナーです」みたいな肩書きも自己紹介もしなくなった
とは言いつつ、
今もクリエイティブ全然やってるんだけど
イラストとかCGとか別に仕事にしなくてもいいと思ってて。医師免許を持ってるからって医者をやらないといけないわけじゃないのよな。そこで得た知見を使って漫画を描いてもいいし、絵を描いてもいい。なんならその知識や経験を生かして冒険家になってもいい。持ってる技術をズラして別のフィールドで活かしてもいい
ズラせる先って
おまえらが思ってるより自由度高い
器
この世の中、商売の原理原則を知っていればおそらくどんなことも仕事として成り立つ、という肌感があって
例えば寝るのが好きなら寝ることが仕事になる設計を作る、虫を観察するのが好きなら虫の観察が仕事になる設計を作る、旅が好きなら旅が仕事になる設計を作る、生き方を仕事として成立させるのは才能というか知識や技術なので
ただ大前提の根幹として
稼げるから、だと間違える
合理的に選んでるなら多分選び方は間違ってて、
「自分がいまどう感じてるか」を蔑ろにしたら自分固有のモチベーション、喜び、執念、苦痛、そういったことに気付けなくなるのよ、情熱や知識や技術や行動に転化しようと思ったら必ず要る
おまえという人間固有の力学に逆らうと成り立たない
言い換えるならエネルギーや流れと言ってもいい
好きなことで生きていく、
みたいな言葉が流行りというか定期的に周回するやん?
ただ、大半の人が自分には関係ないと思ってるんだろうなと。そんなことが出来るのは一部の人だけだと。瞬発的に自分には関係ないフォルダに分類されてスルーされるわけで
この論になんかもやもやがあって
言語化出来たわ、コレ
なんとなく生きてて特にやりたいことがない、みたいな人の生存戦略なんだと。社会で「よい」とされてる選択をするのが最適解なので。経験則だけどそういった人ら十中八九満たされてないんだよね。自分の人生を自分で決めて生きてない
自分がない人に「好きに生きる」の小手先の知識技術があってもあんまり意味ない、伸びないし続かない。仮に稼げても楽しくない状態に陥る。だからこそ精神というか、器を整えるのが先なんだなと。おまえは何が好きで何が嫌いでなにがしたいんだ?っていう
あ、で、そうそう、
最近メルマガ使いはじめたんだけど
おれは絵を描いたり、CG作ったり、デザインしたり、こういうのは手段でしかない感覚なので喜びの源泉ではないんだけども。何か生み出したりすることに熱量を費やしておもろいと思う人間なので、座組を設計したり整えたり世界観作ったり、精神面というか器を整える、みたいなぶっちゃけここに書いてない話の方が圧倒的に多い
なんだろ、商売の原理原則や設計の作り方をタダで教えたり、おまえをいい感じに整える業をしたり、飲み屋で出会った人にグラフィティ30万円で売ったり、みたいな?興味あれば続き見たらいい












